アレンは白い翼をめいっぱいに広げて、ユウの元へと急いでいた。
ただ愛しい人に早く会いたいというだけではない。
そこはかとなく胸の奥に広がる不安が、
今のアレンを覆い尽くしてしまいそうだったからだ。
「……何だろ……この嫌なカンジ……」
大好きなユウの顔が目の前にちらつく。
つまらぬ寄り道をしたお蔭で、随分と彼に会うのが遅れてしまった。
今頃は自分が来ないのを不思議に思っているだろう。
……少しは心配してくれてるかなぁ?
心配ぐらいで済めば良いが、以前仕事で訪ねるのが遅かったときは
物凄く機嫌が悪かったことを覚えている。
ああ見えて、結構心配性だから……
アレンは少しふてくされた恋人の横顔を思い出しては
小さく微笑んだ。
不器用で無愛想で、それでいて本当は芯の強い優しい人。
彼を好きになれてこんなにも幸せであることを、
アレンは神に感謝していた。
───── ドクン ─────
すると突然、左の首筋が強く痛んだ。
そこは、さっきふざけてティキに触れられた場所に他ならない。
……な、何っ?!
不気味な違和感にアレンが驚いた瞬間、
言いようのない悪寒が全身を走りぬけ、
猛烈な吐き気に襲われる。
喉の奥が焼け付くようにヒリヒリとし出したと思うと、
身体が痺れ出し、徐々に翼に力が入らなくなっていった。
「……あうぅっ……ユ……ウ……っっ……!」
身体の力が抜けていく。
意に反して鉛の様に重くなって来る身体を、アレンはどうすることも出来なかった。
「……どう……してっ……?」
翼の動きは完全に制止し、アレンは空の上で意識を失った。
急速に高度を落とし、地上めがけて落下する。
すると、まるでアレンがこうなることを知っていたかのように、
背後から忍び寄っていた影が、アレンの身体をその腕に抱きかかえたのだった。
「おっとぉ……思っていたより薬の効き目が早かったなぁ。
ま、軟なお坊ちゃまには、この手の毒は致命傷だからな……
悪いね……キミに恨みはないんだけど、大好きなユウのためだと思って、
……死んでくれる?」
薄い笑みを口元に湛えながら、
黒い天使は大きな翼をはためかせた。
聖剣をつかさどる大切な友人……ユウのもとへ……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……遅いな……」
いつもならとっくに姿を現していいはずの恋人の姿が
何故か今日はまだ見えない。
「何か急用でも出来たのか?」
ついこの間までは鬱陶しいとさえ思っていたアレンの存在が
今ではユウの頭の中を占領してしまっている。
今頃どうしているんだろうとか、
何処かで怪我でもしていないだろうか……とか、
いつから自分がこんなに心配性になったのかと正直驚いてしまうぐらいだ。
まぁ、今となってはそれだけアレンの事が大事なのだと、
自分の気持ちを認めざるを得ないユウだったのだが。
「……にしても……遅すぎるっ……!」
半分やけを起こして大声を出したところで、
ユウはなにやら背後から近づく気配に気が付いた。
アレンではない、だが良く覚えのある懐かしい気配に。
「……やぁ……! 久しぶり!」
「……ティキ……おまえっ……」
久しぶりに見た同胞の顔に安堵したのも束の間、
その手に抱かれているのが、待ちに待っていた恋人だと悟ると、
ユウは瞬時にして顔を青ざめさせた。
「……アレンっ……! どうしたんだ?!
ティキ、何でお前がそいつを抱いてる?」
ただならぬ雰囲気を察したのか、
ユウがその表情を強張らせると、ティキは笑いながら
からかう様に話し出した。
「……へぇ……どんなことがあっても表情一つ変えないお前が
こんなにもうろたえるなんてなぁ。
世の中長生きしてりゃ面白いモンが見れるってホントだったんだ〜!」
「……ふざけるなっ……! そいつになにをした!」
ティキの腕の中で生気を失いぐったりとしているアレンが
ユウは気がかりで仕方ない。
多分ティキが毒か何かを盛ったのだろう。
昔から彼は毒を操る術を知っていて、
沢山の相手をその術で陥れて来たのを、ユウは密かに知っていたからだ。
その顔色からは、恋人が極めて重篤な状態であることが伺える。
すぐにでも駆け寄って、
アレンをその手に抱きしめ、無事であることを確かめたい。
なのにそうできないのは、
目の前の友人が尋常ではない殺気を放っているからだった。
「……お前……どういうつもりだ?」
「ん? ユウを旅に誘いに来たんだよ。 地獄への旅路にね……」
「……何の……冗談だ?」
いつか聞いた同じような台詞を思い出し、
ティキは面白そうに声を出して笑う。
「……はっ……ははははっ……!
お前は結局何もわかってねぇんだな。
いつまでも神の掌で踊らされてるこんな天上界なんて、
俺ら黒の一族がいたって何の得にもなんねぇんだよっ!」
「んなこと……百も承知で俺は此処にいる……」
見詰め合う、視線と視線が絡み合う。
「なぁ……ユウ……
いつか俺が言った台詞を覚えてるかい?
お前を必ず自由にしてやるって言ったことさ」
「……んなことも……あったか?」
「あれは全部本当のことだ。
俺が長いこと城を離れて、何をしてたか……教えてやろっか?」
「……?……」
「神の目を盗んで……ルシフェルと……連絡を取ってたんだ」
「……なっ……! お前っ、それがどういうことかわかってんのかっ?」
「ああ、わかってるさ。
じゃあお前は……俺の本当の気持ちを……
……知ろうとしたことがあるのか……?」
「……!!……」
ティキは腕に抱いているアレンの蒼ざめた唇を、
ユウに見せ付けるように舌で舐めてみせる。
「……そう……この白い少年はルシフェルへの生贄さ。
神の大のお気に入りで、聖剣の守人であるユウ……お前の恋人だ……」
「ティキ……キサマっ!」
「おっと、お前の怖い顔は、逆に俺をそそる事を知ってたかい?
いくらそんな顔をしても逆効果だよ?」
「……くっ……!」
「一緒に魔界へ堕ちようぜ?
そしてまた昔みたいに仲良くやろう。
あっちの世界じゃ俺達は、ルシフェルと同じ一族で……英雄だぜ?」
「そんな馬鹿な話、ルシフェルも許すはずが無い。
なにしろ遠い昔、俺達は奴の誘いを断ってこの天界に留まったんだからな!」
……そう、あの時確かにマールスの剣を持って堕ちた彼に、
自分達は逆らってこの地に留まった……
「おっと……ユウは考えが甘いな。
この聖剣は、俺達が地獄へ降りるための手土産だよ」
「んなこと出来やしねぇぞ? その剣は神に守護されてんだ。
神の聖域外に持ち出すことなんて出来るはずねぇだろ!」
「おや? これは心外だな。
聖なる剣なら、汚してしまえばいい……」
「ティキ……お前っ!」
「そしてこの聖剣を汚すには、
神の愛するこの子の血が、最も相応しいと思わないかい?」
確かにティキの言うとおりだった。
愛する者の命を奪うこと。
それは神の掟に反する、一番醜い行い。
もしユウがこの剣でアレンの心臓を一突きすれば、
神が剣に施した烙印は消えてしまうだろう。
そうなれば、剣を天界以外に持ち出すことも可能だ。
「お前の想像通り、俺はアレンに毒を盛った。
徐々に神経が侵され、もがき苦しんで死ぬ猛毒さ。
今はショックで気を失ってるが、もうしばらくすれば目を覚ます。
その後が見ものだな……
苦しんで、苦しんで……血ヘド吐きながらのたうちまわるんだろうな」
「お前っ、何てことしやがったっ!」
「……だから……
お前の怒った顔は、俺を喜ばせるって、さっき言ったろ?
ずっと……ずっと……気が遠くなるほど長い間、
俺はお前だけを見てきたんだよ……
俺がお前の気を引こうとどんな事をしたって、
結局、お前は俺の本気を知ろうとしなかった。
なのにこいつはほんのちょっとお前に同情されたぐらいで、
お前の心を丸ごとかっさらって行きやがったんだ!
こんなお返しぐらい、些細なモンだろ……?」
「……くっ……!」
ティキの自分に対する執着ぐらい、本当はユウも気づいていた。
それが愛なのか、友情なのか、
当の本人にも良くわからなかったが、
だからといってその気持ちに応えることは、ユウにはできなかった。
「さぁ、どうする?……ユウ……?
苦しみぬいて死ぬ恋人の姿を、指をくわえて見てるかい?
それとも、自分の手で……その剣で……
愛する恋人の心臓を一突きして、楽にしてあげる?」
「…………」
「何を悩むことがある? 答えは簡単じゃないか。
あとは剣を持って、二人で地獄へ堕ちるだけ。
こんな世界は綺麗さっぱり捨てちまえばいいんだ。
何の未練もないはずだぜ……?」
耳元で、天使とも悪魔とも思えるティキの声が木霊する。
愛しいアレンをこの手に取り戻す術は、本当にないのか?
ユウは血が滲むほど唇を噛み締め、拳を握り締めた。
「……アレンっっ!!」
アレンを呼ぶ声は高く空を切り、
何処までも虚しく響き渡っていた……
NEXT⇒
≪あとがき≫
黒々ティキぽん絶好調〜(=^▽^=)
ティキ・アレはけっこう見かけるけど、ティキ神ってあまりないから、
面白いかなぁ〜なんて思って、書いちゃいました;
さぁて、神田はこの後どうするのか?!
愛しのアレンくんを救えるかっ???
前回ティキぽんがアレンの首筋にしたKissは、
実は悪魔の接吻だったんですねぇ〜怖いですねぇ〜〜(-"-;)
……っつーことで、ハラハラドキドキしながら、
次回をお楽しみにしていてくださいませ〜〜〜vv
ブラウザを閉じてお戻り下さい★
〜天使たちの紡ぐ夢〜 Act.10